南海化学100年史


独創の軌跡

第6章 改革 昭和58年~平成2年(1983年~1990年)

昭和49年より研究が続けられてきた「イオン交換膜電解法への転換」(IM転換)が実を結び、昭和57年、土佐工場にIM電解槽が導入された。これは品質向上、省エネを実現する目的で導入されたもので、実際にその効果は大きく、電解電力原単位は約11%、濃縮設備の蒸気原単位は約87%削減できた。

 

また、製造監視作業なども合理化し、人件費の大幅削減につながった。

 


昭和59年には、小雑賀工場のIM転換が決定された。同年、新たに「中長期経営計画」が策定された。昭和60年からの6カ年計画であり、設備・販売・生産・人員・製品開発・コンピュータシステム・社員教育・労使問題を含む広範な内容を網羅したもので、現状否定により抜本的改革を実行する内容であった。

 

この中心的役割を担ったのが、中山製鋼所から出向し、取締役生産部長に就任した島田廉夫であった。社員は次々と発表される計画に積極的に取り組んだ。「活力あるニュー南海」を合言葉に、短期間で大改革を実行したのである。

 

昭和61年、大幅な組織改革が行われた。その狙いは、環境の変化や産業構造の変化に対応して経営基盤を確立するとともに、新技術、新分野への拡大、要員合理化、コストダウン、販売力の強化であった。

 

また、独自性のある化学メーカーとして南海化学が発展していくために、研究開発部門の強化を図った。小雑賀工場に研究開発室を、土佐工場に研究開発土佐分室を設置。さらに、研究開発部のもと、第一研究開発室、第二研究開発室のほか、開発プロジェクト室を設置して陣容を強化した。

 

設備面でも小雑賀工場に、最新の試験分析機器を有する研究総合センターを建設するなど、万全の研究開発体制を確立したのである。