南海化学100年史


独創の軌跡

第5章 克服 昭和48年~昭和57年(1973年~1982年)

昭和48年、第4次中東戦争勃発に端を発したオイルショックはわが国の経済に甚大な影響をもたらした。電力消費型産業の一つであるソーダ業界も打撃が大きく、生き残りのため経営合理化や省エネルギーが必須の課題となった。

 

そうしたなか、昭和49年、中山保之社長が退任し、伴隆が新社長に就任した。厳しい経営環境にあって、伴社長をはじめとする新経営陣はさまざまな問題に積極的に取り組んだ。

環境問題では、小雑賀工場で水銀を工場外に排出しない水銀法電解設備クローズドシステムを実現。青岸工場や土佐工場でも排水処理設備の整備、大気汚染防止策などを講じ、環境対策を強化していった。

 


省エネ対策では、本社と各工場が一体となって取り組んだ。工場では省エネプロジェクトチームが結成され、無駄な照明の消灯、蒸気漏れの修理、設定温度の見直しなど初歩的なことから、省エネ型の設備導入や製造設備の改善を行い、大きな成果を挙げた。こうした取り組みの成果に対して、「資源エネルギー庁長官賞」を受賞したのである。

さらに、会社の価値を向上させるために増資や遊休不動産の売却を行うとともに、将来性のない事業からの撤退も決断したのである。